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お寺と音楽と私。

新潟市・木揚場教会で開催した“お寺でライブ”『ほうおん!』から一ヶ月。


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photo by takuya shiraishi



皆様から寄せられたコメント、感想等にひとつひとつ目を通させていただきました。

その中で、

“自分にとって『ほうおん!』とは何だったのか?”ということを改めて考えていました。

当初から、企画書に挙げていた開催の目的は、

①木揚場教会にスポットをあてる

②若い方にお参りをしてもらう

の2つ。

スタッフ調べによれば、来場者は延べ230名。やはり20~30代の若い方が多かった。

その点を踏まえれば、ある程度今回の目的は達成できたのではないかと思います。

特に印象的だったのは、②について、若い方々が真剣にお話に耳を傾ける姿。

また、読経が始まると誰に指示された訳でもなく姿勢を正す若い方々。

その光景は自分にとって全く予想していないものでした。

「若者のお寺離れ」ということが言われるようになって久しいですが、

こちらが精一杯伝えようとすれば、しっかり応えてくれる――

それが嬉しかったのと、

同時に今まで自分が如何に人(あるいは教え)に向き合ってこなかったのか、

ということを痛感した瞬間でもありました。



そして、開催テーマである『“お寺”で発見、“私”を発見』ということ。

これについては、結果として自分の思いが強く反映されたものとなりました。

“僧侶として自分に出来ることは何か?”ということ。

それは、“自ら教えを聞いていくこと。そして、それを伝えていくこと。”

さらに、“自己に出遇う場を開いていくこと。そして、それを共有していくこと。”

ではないかと感じています。

それを標榜する為の開催テーマ、その為の『ほうおん!』――

しかし、イベントの内容に関して反省、改善していくべき点はあります。

そのひとつが、「仏教(お寺)と音楽と“私”の発見」の関連性について、です。

この点については、イベント中に自分の口からお伝えするべきであったと思いますし、

もっと具体的な形として内容を工夫することは出来たのではないか、とも思います。

“私”にとって仏教(お寺)とは何か?

“私”にとって音楽とは何か?

そのような問いをもつことこそが「“私”を発見」していくことではないでしょうか。

仏教は“私”を映す“鏡”であると言われていますが、

きっとそれは仏教というものが、“ありのまま”の“私”を語っているからだろうと思います。

では、音楽の場合はどうでしょうか?

そこに表現されている喜怒哀楽。そういったもの全ても同じく“ありのまま”の“私”です。

だからこそ、私たちは、その曲に共感し、時に励まされ、時に涙したりします。

私たちは「自分のことは自分が一番よく知っている」などと言いますが、

本当にそうでしょうか?

私たちは自分の目で、自分の全身を見ることは出来ません。

自分の全身を確認する為には、やはり“鏡”が必要です。

“鏡”の前に身を置いて、初めて『“私”を発見』していくことが出来るのです。

そのように仏教と音楽というものから『“私”を発見』していける場所――

それが、自分にとっての『ほうおん!』です。



さて、反省も含めて、自分なりに今回の『ほうおん!』を振り返ってみた訳ですが、

何より大切なことは、継続すること、今回の反省を次回に生かしていくことだと思います。

その為には、改善すべき点は改善し、より良い『ほうおん!』として、

次回また皆様にお会いできるように努力していきたいと思います。


今後とも宜しくお願いいたします。

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