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仏法には、世間のひまを闕きてきくべし

今年はやたらと大雨による被害が全国各地で出ていますね。

お亡くなりになられた方へ、お悔やみ申し上げますとともに、
被害に遭われた方へ、心よりお見舞い申し上げます。




話は変わって。

最近、よく「お互い都合がありますからね~。仕方ないっすよ。」みたいなことを
口にすることが多くなった気がする。

特に、法事の相談を受けている時。

一昔前では、「略式」と言われていたようなものが今やスタンダードになってる。
 
お寺の方の中では、そのことを危惧していらっしゃる方もいるが、個人的には
それほど気にはしていませんけども。

ただ、法事をすることへの必要性を感じなくなってきているのでは?という思いはある。


“一 「仏法には、世間のひまを闕(か)きてきくべし。世間のひまをあけて、法を聞くべきように思う事、あさましきことなり。仏法には、明日と云う事はあるまじき」由の仰せに候う。「たとい大千世界に みてらん火をもすぎゆきて 仏の御名(みな)をきくひとは ながく不退にかなうなり」(讃弥陀和讃)と、『和讃』にあそばされ候う。”
(蓮如上人御一代聞書 第155条)



勿論、形も大事。

だけど「暇がない」とか、「面倒だ」とか、そういうことではなく「仏教に出会うこと自体が
大切なんだ」ということをきちんと伝える場として法事がある。

法事の形や規模ではなくて、寧ろ、法事をそういう場として自分は向き合えているのか?

そんなことが門徒さんと共に確かめていけたらな~と思います。



言葉にすること。

ネットワークを介して人とコミュニケーションをするのが主流になりつつある時代において
敢えて言葉として、声として発することの大切さを最近感じております。

また、それがお金をもらってる「プロの僧侶」としての責任だとも思うのです。




【本日の一曲】



>>MOROHA 「今、偽善者の先頭で」



音楽だって一緒ですよね。きっと。

俺は、そう信じてる。


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| ksm.の小言 | 17:32 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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