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仏法のこと、わがこころにまかせず、たしなめ

今日の朝ドラ見てて、ふと思ったんですよ。
「あんな風に自宅で最期を迎える方ってどれくらいいるんだろう?」と。

ドラマだし、時代背景も違うので比べりゃいいってもんでもありませんが、
これはあくまで自分の感覚ですが、病院で亡くなるって方のほうが多い気がします。
「出来れば畳の上で死にたい」と自分でも思いますが、そんなの自分じゃ選べませんしね・・・。

また、劇中で「最高の送り方が出来たんじゃないか?」的な台詞がありましたが、
それを見ながら、6年前に亡くなった祖母のことを思い出しました。

祖母は、最初治療の為に入院、その後退院して自宅療養、その後再入院。結局、最期は病院だったわけですが、最後まで付き添えたことは良かったと今は思います。

そりゃ勿論どこまでいっても人が亡くなる事は悲しいことだし、納得出来るようなものじゃないとは思いますけど、自分の場合、「最期を見取ってやれた」ということがあったからこそ、少しでもその“死”というものに向き合っていこうと思えたんだと・・・。

それによって改めて自分自身のこと、様々なことに気づかされたんだと思ってます。

“本当に自分を知るには、やはり人という鏡がなくてはならない”

高光大船師の言葉。
人の出会い、別れ、いついかなる時でも真のはたらき(=阿弥陀)は自分自身を照らし出そうとしている。が、それになかなか気づけないのが凡夫。そして、それは煩悩の仕業。

だから「念仏申せ」と。自分の“眼”は常に自分中心。
見たいものは見たい。見たくないものは見たくない。

そういう「ものの見方」、「価値観」。所謂「自分の物差し」を離れない限り、
「本当に自分を知る」ことは出来ませんよ、と。


「凡夫というのは、紛れも無い私自身のことであったのか」ということ。
そんなことを、祖母との別れが私に教えてくれたように思います。



おおきに。


孫より。





【本日の一曲】



>>toe - グッドバイ PV / "Goodbye" Music Video


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| ksm.の小言 | 17:21 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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