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てらぱ!的ディスク・オブ・ザ・イヤー2012【前編】

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Now,Now『THREADS』

1.THE PULL
2.PREHISTORIC
3.LUCIE,TOO
4.DEAD OAKS
5.OH,HI.
6.BUT I DO
7.SEPARATE ROOMS
8.THREAD
9.WOLF
10.SCHOOL FRIENDS
11.COLONY
12.MAGNET



以下、作品の感想です。





―“独生独死 独去独来”(どくしょうどくし どっこどくらい)


先日FBでこの経文を見かけました。

『仏説無量寿経巻下』の一説。


人在世間愛欲之中、独生独死独去独来、當行至趣 苦楽之地。
身自當之、無有代者。

人、世間の愛欲の中にありて、独り生じ独り死し独り去り独り来りて、
行に当り苦楽の地に至り趣く。身、自らこれを当(う)くるに、有(たれ)も代わる者なし。



ここで「行」というのは「移り変わること」。
また「楽」というのは「身心におけるこころよい感情」を指します。

一見しただけでは「人は皆、孤独」ということのみを言っているようですが、
この経文の要点は「個としてのめざめ」、「自立」ということではないかと。

そして、いつも自分はこの言葉にふれると海の底にいる深海魚のことを思うのです。
それは、親鸞聖人が「愛欲の広海に沈没し」(教行信証信巻)という言葉を残されたせいなのでしょう。


光も届かない海底で、光を知ることもなく一生を終える。
彼らはまた、その光を知らないが故に「光を見たい」などとも思わないだろう。
自分は幸か不幸か地上の光を知っている。
だから彼らに対してそのような事を言える。
しかしながら、深海魚にしてみれば「何も考えず何も求めず」、それは「幸せ」なのかも知れない。ましてや彼らは暗い海の底でしか生きていけないのだから。


・・・そう。「まるで自分の様ではないか」と。



閑話休題。

「THREADS」=「糸」と題されたこのアルバム。

深海を漂っているかの様な残響で幕を開けます。


パターン化された日常。

誰もいない真っ暗な部屋で孤独を抱えて独り眠る。

氷漬けのマンモスのように。

信じていたものは目の前で崩れてしまった。

しかし、それは「始まり」。

自分自身は何者であるかを探し出す為の。


静かな夜に、そっと呼吸を整えてみませんか?



但し、このアルバムが仏教と関係あるか否かはまた別の話。




>>Now, Now - Thread MV


【中編】に続きます。

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COMMENT

こんにちは。。

難しい内容で…
無知の私には気の利いたコメントができないのですが…
でも
深海魚の話は
てらぱさんご自身が深海魚…ということですか。
それとも
深海魚を光のある地上から見ている立場からの視点で
「まるで自分の様ではないか」
とおっしゃっておられるのでしょうか。。。
おそらく後者なのかな…
てらぱさん…
深すぎる。。私にはまだ到達し得ません…

| あんこりん | 2012/12/28 14:56 | URI |

Re: タイトルなし

あんこりん さん>コメントありがとうございます。

深海魚の話ですが、自分は前者のつもりで書きました(苦笑)

宗教ってよく「光」というもののメタファーを使うと思うんですよ。

例えば、光なので今まで見えなかった部分も見える、ということで。

しかし、自分は本当にそんなもの見たいのかしら?と・・・。

そんな自分への戒めを込めまして・・・。

| ksm.@てらぱ! | 2012/12/28 20:57 | URI |















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